2013年2月22日

総務教育常任委員会

 市民が楽しむスポーツは、人間性の回復、心身の健康確保といった観点からも生活の必須部分として位置づけられる。
 市では、文化・スポーツ活動機会の充実を図るため、総合型地域スポーツクラブの育成・支援や、文化スポーツ活動団体の支援に努めている。
 教育体育施設として、また、社会体育施設として利活用できる、完成間近の双葉総合体育館を現地視察した。
小アリーナ
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大アリーナ
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玄関付近
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 あわせて、来年度開園予定のおうみ認定こども園建設地と(仮称)かなん認定こども園建設地や児童数の増加にともなう校舎ならびにトイレの増設予定がある坂田小学校をそれぞれ現地視察した。

2013年2月22日

議会改革特別委員会

 昨日午前、議会改革特別委員会が開会され、政務活動費の使途のあり方、議会改革基本条例(案)にたいして市民からいただいたご意見(パブリックコメント)への回答、全員協議会を開かれた協議の場にするための会議規則変更を検討した。
 
 政務活動費は、議員の調査研究のための必要経費として、議員あるいは会派に対して交付するものである。米原市議会では、条例において議員一人あたり年間12万円と定め給付されている。
 
 政務調査費は、自治法の改正で政務活動費に変わり、使途の範囲が広がった。この意味するところは、議員の立法能力や政策立案能力等の向上、もって市政進展や市民生活の向上に資するものとするためである。
 しかし、第2の給料と市民に誤解を与えることのないよう、透明性の確保にも配慮し、年間収支報告書の公開等、使途の明確化も厳格に定めることとした。
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2013年2月20日

米原市長選が終わって

 今、私は、正直、ここはどこ?私はだれ?の放心状態である。
 17日投開票された米原市長選で、応援していた現職が元職に負けた。185票差の接戦だったが、負けは負けである。
 市議会の過半数を超す14人の保守系市議が応援しながら、現職を落としてしまったショックは大きすぎる。
 “勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし”の言葉どおり、何か選挙に負ける要素があったことを肝に銘じているところだ。
 
 で、平尾氏は、当選後の記者会見で「多くの市民の支持で当選できた。昨年から延べ13,000軒を訪ね歩き、疲弊する町の声を聞いた結果だ」と振り返ったそうだ。
 
 しかし、投票した人の半分は、現職候補を支持した現実をしっかり見据えてほしい。
 私は、議員として新市長の市政運営については、是々非々で臨むつもりだが、まず、選挙中に市民の皆さんに向け、平尾氏が発信した議会関係の話について聞こうと思っている。

2013年2月4日

近況

 昨年10月末から里帰り出産で帰省していた長女は、本日昼から、迎えに来た婿殿と一緒に東京へ帰った。
 12月13日に無事男の子を産んで後、彼女は、3時間おきの授乳やオムツがえ、抱っこ、お風呂、着替え等と慣れない育児に大変だったわけだ。
 
 しかし、われわれ実家は、妻をリーダーとし、副リーダーにお隣のまちの二女、そして私、父親の四人が組んだ、絆で“チーム米原and長浜”が中心となり、総力を挙げて新米お母さんの新生児育児をサポートした。
 したがって、母子ともに健やかな新年を我が家で迎え、今日までのんびりと過ごしてもらえたことと思っている。
 さて、彼女らが帰った後の我が家は、また高齢者家族になってしまった。喧騒からいっきに静寂を取り戻したが、このラク寂しさはいかんともしがたい。
今年6月か7月の初めには妊娠中の二女が出産予定であるが、その日が待ち遠しい。
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2013年1月1日

2013年 元旦

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2012年12月1日

長浜公証人役場

 本日、行政書士会湖北支部研修会が開催され、長浜公証人役場の井内省吾氏を講師に招き「滋賀県北部における遺言・任意後見の実態」について学んだ。
 任意後見ひいては遺言のことを考えていくに当り、その文化的背景に滋賀県湖北地域の特性があることに気づいたという話だった。
 お墓・仏壇等を守ってくれる人に、自ら守ってきた「家」を死後において全部任せるというふうに考えるのが湖北の特徴で、遺言の中心は、共同相続でなく祭祀承継型が主流であるということだった。
 としてみると、北村家の長男である私は、妹や弟にそのような湖北の実態を説明し、相続について私がすべてを継承することの了解を求めなければならないが、残念なことに、親から相続する財産がないことはもちろん、父はまだ健在である。
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2012年11月30日

市長、副市長の給料カット

 今日から、平成24年米原市議会第4回定例会が始まった。早速、各常任委員会に付託されずに即決する議案数件を審議し、議決した。
 その中に、議案第103号 米原市長と副市長の給料を減額するための条例の一部改正があった。
 内容は、過日発生した職員の不祥事によって米原市の信用が失墜し、その管理監督が不行き届きであったことの責めを負い、市長が20%、副市長が10%の給料を減額するものであった。なお、この議案は、賛成多数で可決決定された。
 私は、これに反対して起立しなかったのであるが、以下の理由からである。
 給料は生活給であるところから、債権回収においても民事執行法が許している、給料の差し押さえは、25%までである。
 それに近いことと、市長、副市長がこのような形で責任をとることの意味を職員の皆さんがどこまで理解し、事の重大さを認識できているか非常に疑問に感じるからである。
 つまり、組織の一員として、軽はずみな自分の行動がどこにどのように波紋を投げかけるかということをしっかり意識して、今回の職員の不祥事を他山の石とすることが出来るのか、その効果があるかどうかと言うことである。
 ないやろ・・・ならば、市長、副市長の給料を減額する必要もないやろうという結論に至ったからだ。
 しかし、if、賞与を全額カットというような議案であれば、ワシは起立していたな。

2012年11月29日

次はナゴヤ〜

 昨夜は、男7名が京都東山の“粟田山荘”で京懐石を楽しんだ。
 一足早い忘年会であるが、明日から12月定例会も始まることや皆さんの予定の都合もあってのことだ。
 私は、ここを訪れたのは2回目であるが、昭和初期にブイブイいわしていた西陣の織元の別荘として建てられただけのことはあって、贅を凝らした建物と庭園は素晴らしかった。
 しかし、普段私は、一杯飲み屋風の居酒屋か、場末のスナックで飲んでいるのでいささか肩がこっちゃったが、まあいいか。
 いずれにしてもお酒を楽しみ会話を楽しむことはええこっちゃ。
 ところで、帰りは最終の新幹線だったが、連れ3人が、ホームに先に入ってきた“のぞみ号”に乗って、既のところでどこかに行ってしまうところだった。
 「次は名古屋に止まります〜♪」の車内アナウンスにびっくりして飛び降りたとのこと。
 ジッサイ、田舎モンはこれやで弱るわ(^_^)
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2012年11月27日

湯たんぽ

 朝晩だいぶと冷え込んできた今日この頃である。夜は、ほろ酔い加減であったかい布団に入って寝るのが、極楽、極楽。かつては肉ぶとんが最高であったが。
 さて、只今の我が家における布団の中の暖房具は、“湯たんぽ”である。もちろん省エネと倹約の観点からそうしているのだ。
 私が物心ついたころの暖防具は“バントコ”であった。そういえば、バントコをひっくり返して布団を焦がしたこともあったナ。
 その後、暖防具も“湯たんぽ”“豆炭アンカ”“電気コタツ”“電気アンカ”“電気毛布”“エアコン”と日本の経済とともに変遷してきた。
 そして、また湯たんぽである。昔は、金属性であったが、最近のはプラスチックでできている。よし、今晩も湯たんぽを抱いていい夢をみながら寝るとするか。
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2012年11月27日

嘉田知事も国政へ

 滋賀県知事の嘉田さんが、脱原発を掲げた新党の結成を検討しているとの報道があった。・・さもありなん。
 実は、今月の7日の夜、嘉田さんに近い立場の方に呼ばれ、知事と他5人が長浜市内のホテルで夕食をご一緒した。
 
 8日に長浜市で出席予定の公務が入っていたため、知事は、前日の7日、金沢市で開催された中部圏知事会議の後、大津市に帰らず直接、長浜市に前のりし、宿泊したのだ。
 
 夕食の場では、知事はアルコールの心得もあるし、気さくな感じであったので、みんな和やかに、楽しくプライベートの時間を過ごした。
 
 しかし、知事と間近で話する機会はそうあるものではないので、各人少しは政治的な話もした。県議会、地域間格差、北陸新幹線米原ルートや原発などが話題になった。
 
 ところで、長老の自民党県議Mさんから、知事が国政転出なら“環境大臣”のイスを用意するという話の真偽を尋ねた。
 知事は、「“国交大臣”や“総理”だったらやってもいいネと言うといたわ」と答えてくれたが、何考えてるねんこのオバはんは、と私は思った。
 「先の選挙の得票率60%でっせ。県民の支持も高いし、国政よりこのまま好きなだけ知事やらはったらよろしいがな」とお追従の合いの手を入れた。
 そうしたら「心のきれいな方ネ」と返事が返ってきた。
 漢を売っている私への褒めことばは、「アンタは悪やネ」と決まっている。なのに「心のきれいな・・」やて。そのことばがナニを意味するのか、引っ掛かるものはあったが、その時は私には分からなかった。
 さて、そこで昨今の嘉田知事を取り巻く情勢だが、「国民の生活が第一」「減税日本・反TPP・脱原発を実現する党」「みどりの風」など脱原発を目指す勢力の結集が進んでいる。 
 そんな中、卒原発政策を訴えてきた知事が、国政にかかわり存在感を示す絶好のチャンスと判断し、新党結成に動きだしたのだ。
 してみると、7日に私らが食事をともにした頃は、既に、衆院選に向けて脱原発で新党結成を模索していた小沢一郎さんと会談し、「新たな枠組みの顔になって頂戴」くらい言われた後だったのだなと思う。
 だから、あのとき私が、国政より・・と言ったら「心のきれいな・・」という言葉が返ってきたのだ。つまり知事は、私に「アンタは純粋というか単純な人ネ、何も分かっていないし、知らないの、ばかネ、おほほ」という意味で言ったのだった。あぢぁあ(*_*)