2013年5月4日

成長

 連休を利用して娘夫婦が、孫を連れ帰省した。
 孫の顔を見るのも2月以来で、随分と成長したものだと感心した。
 “這えば立て、立てば歩めの親心”であるが、爺・婆にとっても、孫がすくすく育ってくれる願いは同じである。
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2013年4月19日

米原駅東部土地区画整理事業

午前9時半より米原駅周辺都市整備特別委員会が開会され傍聴した。米原駅東部土地区画整理事業は、24年度にすべての工事が完成し、26年度末に換地処分を終える予定である。
しかし、事業による保留地、全区画90区画 50,500?のうち53区画 21,910?は既に売却が済んでいるものの、残り37区画 28,589?、金額にして21億1千3百7十万を売却しなければならない厳しい現実がある。
過去、駅東口駅前の街づくりを民間企業から事業進出の提案を募集し、民間活力導入による開発を図るなどしたが、うまくいかなかった経緯があった。

今日、委員会の委員が、市長に対して保留地処分についての展望を求めたが、市長からは、具体的な提案はなかった。
県東北部に位置する米原駅を滋賀の玄関口に相応しい整備をする、との公約を掲げて市長になったことを忘れてもらっては困るの心だ。
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2013年4月16日

国歌斉唱

 以前このブログでとりあげたが、本日午前十時より、学校施設としての機能と、社会体育施設としての機能を併せ持つ“米原市双葉総合体育館”の完成を祝う竣工式が執り行われ、双葉中学生、教育関係者、地域の代表、工事関係者、行政、県、市会議員等多数の者が出席した。
 式次第に従い、開式の辞に引き続きすぐに国歌斉唱の段となった。中学生を含め、式典に参列しているもの殆どが起立をして君が代を斉唱するなか、共産党の市議2名が着席したままであった。
 お二人には、君が代を歌うことを拒否する何らかのこだわりや思想・信条をお持ちで、主義主張があることは、それはそれで理解する。しかし、今日は体育館が無事完成した事を関係者に披露し、協力いただいた方々に感謝の意を表す大切な日であったのだ。どこに政治的主張をする必要があったのか。
 お二人の不起立は、式典の場の雰囲気を崩し、目出度い祝賀ムードに水を差す、何ものでもない。少なくとも私は、いやな気分になった。そして、式典に参加する者のマナーとしては、いただけないものと思ったし、国歌斉唱がいやなら最初から出席しなれければいいのにと思った。
 いずれにしても、主催者や他の列席者に配慮する気持ちやその場の空気を読み、パフォーマンスは自粛して欲しかった。

2013年4月10日

北陸新幹線

昨日、知事と県内19市町長との意見交換の場である“自治創造会議”が開催され、北陸新幹線延伸計画の敦賀以西ルートを巡り、費用負担や平行在来線の経営分離についての議論がなされたようだ。

知事は、平行在来線(北陸線、湖西線)をJR西日本から経営分離しない、費用負担は、受益に応じて関西全体で負担するという条件を盛り込んだ、関西広域連合の「米原ルート案」を説明し同意を求めたが、各首長からは苦言や異論が相次ぎ、会議は紛糾したようだ。
会議がごたごたするのももっともな話である。北陸新幹線が米原駅で東海道新幹線に接続するという米原ルートが、滋賀県の各地にどれ程の経済波及効果をもたらすのか、甚だ疑問である。
また、『いわて銀河鉄道』『青い森鉄道』『しなの鉄道』『肥薩おれんじ鉄道』など、新幹線開業によって、JRと分離された在来線は、すべて第三セクター形態の会社が運営している現実。
そして、福井県においても敦賀開業時には在来線が第3セクターへと経営分離されることが決定済みであることから、どうして敦賀から米原までだけが、依然としてJR西日本の経営のままでいられるのか、という懸念を考えたとき、
県内それぞれの自治体の長から「米原ルート案」に対してさまざまな意見が出るのは至極当然のことである。
米原市長もこの案に積極的な発言をしたと聞くが、そもそも北陸新幹線は、北陸圏と東京を結ぶためのものである、北陸圏から東京へは交通が不便であったから、新幹線を望まれる理由は理解できる。

しかし、北陸から関西圏、とりわけ、大阪までは、サンダーバードで十分ではないか、フリーゲージトレインの構想もあるので、あえて本市が米原ルートを推奨することもないと思う。
関西広域連合が、米原ルートを提案している側面に、西日本における大阪の中枢性が薄らいできていることがある。関西に基盤を置いていた企業も、本社機能を東京に移すなど、関西経済への影響が大きく、関西の政財界は危機感を覚えている。
したがって、関西広域連合は、早期に北陸新幹線の大阪延伸のため米原ルートを推進する必要があるのだ。
しかし、米原市としては、仮に米原駅接続になったとしても、本市にビジネスや観光、買い物での来訪者がより増えるとも思えない。依然乗り換え駅としての位置づけが変わることはないのである。
なによりも、新幹線開通によって在来線が第3セクター化され、通勤・通学・買い物・通院など市民の交通の利便性が阻害されては困るのである。
いまやるべきことは、新規事業所の集積や、にぎわい、活気づける米原の都市基盤整備を急ぐことだと思う。
であるからして、安易に、新幹線がくれば便利になる、町が発展する、元気になるという発想をしてはいけないのである。

2013年4月6日

桜並木

 心配していた桜の開花も、昨日の暖かさでいっぺんに満開になりうれしくなった。
 例年、桜の下で酒を酌み交わし、友人とわいわいやる宴会を楽しみにしているのだが、折悪しく、この土日は全国的に雨や風が強まり、大荒れの天気になるということだった。
 桜の花が散ってしまう前に、花びらの舞う風情を味わおうと琵琶湖八景の一である海津大崎へ行って来た。
 絶好のお花見日和とは行かなかったが、4kmにわたってソメイヨシノが咲き誇る美しい花のトンネルを楽しんできた。
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2013年2月20日

米原市長選が終わって

 今、私は、正直、ここはどこ?私はだれ?の放心状態である。
 17日投開票された米原市長選で、応援していた現職が元職に負けた。185票差の接戦だったが、負けは負けである。
 市議会の過半数を超す14人の保守系市議が応援しながら、現職を落としてしまったショックは大きすぎる。
 “勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし”の言葉どおり、何か選挙に負ける要素があったことを肝に銘じているところだ。
 
 で、平尾氏は、当選後の記者会見で「多くの市民の支持で当選できた。昨年から延べ13,000軒を訪ね歩き、疲弊する町の声を聞いた結果だ」と振り返ったそうだ。
 
 しかし、投票した人の半分は、現職候補を支持した現実をしっかり見据えてほしい。
 私は、議員として新市長の市政運営については、是々非々で臨むつもりだが、まず、選挙中に市民の皆さんに向け、平尾氏が発信した議会関係の話について聞こうと思っている。

2013年2月4日

近況

 昨年10月末から里帰り出産で帰省していた長女は、本日昼から、迎えに来た婿殿と一緒に東京へ帰った。
 12月13日に無事男の子を産んで後、彼女は、3時間おきの授乳やオムツがえ、抱っこ、お風呂、着替え等と慣れない育児に大変だったわけだ。
 
 しかし、われわれ実家は、妻をリーダーとし、副リーダーにお隣のまちの二女、そして私、父親の四人が組んだ、絆で“チーム米原and長浜”が中心となり、総力を挙げて新米お母さんの新生児育児をサポートした。
 したがって、母子ともに健やかな新年を我が家で迎え、今日までのんびりと過ごしてもらえたことと思っている。
 さて、彼女らが帰った後の我が家は、また高齢者家族になってしまった。喧騒からいっきに静寂を取り戻したが、このラク寂しさはいかんともしがたい。
今年6月か7月の初めには妊娠中の二女が出産予定であるが、その日が待ち遠しい。
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2013年1月1日

2013年 元旦

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2012年12月1日

長浜公証人役場

 本日、行政書士会湖北支部研修会が開催され、長浜公証人役場の井内省吾氏を講師に招き「滋賀県北部における遺言・任意後見の実態」について学んだ。
 任意後見ひいては遺言のことを考えていくに当り、その文化的背景に滋賀県湖北地域の特性があることに気づいたという話だった。
 お墓・仏壇等を守ってくれる人に、自ら守ってきた「家」を死後において全部任せるというふうに考えるのが湖北の特徴で、遺言の中心は、共同相続でなく祭祀承継型が主流であるということだった。
 としてみると、北村家の長男である私は、妹や弟にそのような湖北の実態を説明し、相続について私がすべてを継承することの了解を求めなければならないが、残念なことに、親から相続する財産がないことはもちろん、父はまだ健在である。
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2012年11月29日

次はナゴヤ〜

 昨夜は、男7名が京都東山の“粟田山荘”で京懐石を楽しんだ。
 一足早い忘年会であるが、明日から12月定例会も始まることや皆さんの予定の都合もあってのことだ。
 私は、ここを訪れたのは2回目であるが、昭和初期にブイブイいわしていた西陣の織元の別荘として建てられただけのことはあって、贅を凝らした建物と庭園は素晴らしかった。
 しかし、普段私は、一杯飲み屋風の居酒屋か、場末のスナックで飲んでいるのでいささか肩がこっちゃったが、まあいいか。
 いずれにしてもお酒を楽しみ会話を楽しむことはええこっちゃ。
 ところで、帰りは最終の新幹線だったが、連れ3人が、ホームに先に入ってきた“のぞみ号”に乗って、既のところでどこかに行ってしまうところだった。
 「次は名古屋に止まります〜♪」の車内アナウンスにびっくりして飛び降りたとのこと。
 ジッサイ、田舎モンはこれやで弱るわ(^_^)
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